2016年12月31日

吉野(奈良県)


吉野の参拝神社へのリンク
・金峯神社(吉野町)
・吉野水分神社(吉野町)
・吉水神社(吉野町)
・勝手神社(吉野町)
・脳天大神(吉野町)
・吉野神宮(吉野町)
・丹生川上神社下社(吉野郡下市町)
・丹生川上神社中社(吉野郡東吉野村)
・丹生川上神社上社(吉野郡川上村)




・丹生川上神社中社
旧社格:官幣大社、名神大
二十二社(下七社)
参拝日:2016年11月20日

丹生川上神社中社は吉野郡東吉野村の高見川沿いに鎮座しています。丹生川上神社上社は奈良県吉野郡川上村、下社は吉野郡下市町に鎮座します。三社とも祭神は水神で、明治、大正時代に社名・祭神の変更があり、現在の形となりました。当社は、古くは「雨師明神」と称され、江戸時代からは「蟻通明神」とも称されました。御祭神は罔象女神(みずはのめのかみ)です。三社とも川沿いの山深いところにあります。


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高見川沿いの紅葉です。当社の幟は青色でした。


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社号標と鳥居です。雨に濡れて幻想的です。


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拝殿正面です。


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拝殿後方から廻廊が本殿に繋がっています。


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本殿です。三棟並んでいます。


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左は本殿に続く参道です。黄葉と緑が印象的です。右は本殿左側にある「相生の杉」です。夫婦円満に御利益があるそうです。


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末社の木霊神社です。御祭神は五十猛命(いたけるのみこと)です。


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左は御神木の大杉です。右は吉野離宮跡です。


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高見川の少し上流にある「東の滝」です。幽玄な雰囲気に包まれていました。右は蟻通橋から高見川の上流を見たところです。左手に東の滝があります。


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中社の記載はありません。




・丹生川上神社上社
旧社格:官幣大社、名神大
二十二社(下七社)
参拝日:2016年11月20日

丹生川上神社上社は吉野郡川上村の吉野川上流に鎮座しています。旧境内地が大滝ダムの建設に伴い水没することになったため、伊勢神宮旧社殿の古材を用いて平成10年に造営されました。丹生川上神社中社は奈良県吉野郡東吉野村、下社は吉野郡下市町に鎮座します。三社とも祭神は水神で、明治、大正時代に社名・祭神の変更があり、現在の形となりました。当社の御祭神は高靇神(たかおかみのかみ)です。三社とも川沿いの山深いところにあります。


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丹生川上神社上社の鳥居です。社殿はお城のように石垣の上に建っています。上社の幟は黄色でした。


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拝殿正面です。参拝時に急に大粒の雨が落ちてきました。さすが祈雨、止雨の神様です。


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社殿全景です。まだ新しい社殿です。(平成10年造営)


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左は拝殿に揚げられていた額です。右は拝殿右手に置かれていた御神木の切株です。樹齢600年でダム移設前の旧社地にあったそうです。


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御本殿です。


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社殿右側にある「元宮(旧御本殿下)から発掘された平安時代祭場跡(復元)」です。


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龍の朱印が可愛いです。




・丹生川上神社下社
旧社格:官幣大社、名神大
二十二社(下七社)
参拝日:2015年1月17日


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吉野郡下市町に鎮座する丹生川上神社下社です。丹生川上神社上社は奈良県吉野郡川上村、中社は吉野郡東吉野村に鎮座します。下社は通称、丹生社といいます。三社とも祭神は水神で、明治、大正時代に社名・祭神の変更があり、現在の形となりました。丹生川沿いの山深いところにあり、参拝当日は雪が降り、白銀の世界となって幻想的な雰囲気になりました。


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鳥居と拝殿です。拝殿背後に屋根付き階段と本殿の屋根が見えます。


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拝殿正面です。拝殿の屋根が雪で真っ白です。


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拝殿裏から本殿に繋がる屋根付き階段です。山の傾斜に沿って伸びています。屋根付き階段は始めて見ました。大木の所は、屋根はくり抜かれています。


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階段は本殿の門まで繋がっています。


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左側は境内にある産霊石(むすびいし)、右側は牛石(左)と蛙石(右)です。


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神馬の厩舎を覗かせてもらいました。本来は外にいるそうですが、雪のため屋内に移動したそうです。当社は祈雨、止雨の神として、祈雨時には黒馬、祈晴時に白馬が奉納されたそうです。ちなみに黒馬はポニー、白馬は道産子だそうです。


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左は御神木のケヤキです。堂々とした姿です。右は御神木側から見た屋根付き階段です。光が差し込んで神々しいです。


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神社前の丹生川の清流です。


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神社付近の様子です。雪を被って幻想的な風景です。


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・金峯神社
旧社格:郷社・名神大
参拝日:2015年8月1日



奥千本にあり吉野山の地主神である金山毘古命(かなやまひこのみこと)を祀る神社です。標高は765mで、吉野山で最も高い場所です。中世以来修験道の修行場で、現在でも毎年数百人の修験者が山伏姿で山上ケ岳を目指しているそうです(参拝当日も山伏姿の方が神社で休憩していました)。本殿左側には義経の隠れ塔があります。


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吉野山からの眺めです。義経の隠れ塔近くに展望台があり、ここまで車で登れます。


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社殿全景です。拝殿の後方上部に本殿の屋根が見えます。


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拝殿です。簡素な造りですが威厳があります。


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拝殿の後方には本殿に続く石段が見えます。


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境内の左手の小道を降りると義経の隠れ塔があります。源義経が奥吉野から談山神社へと向う途中にここに隠れ、源頼朝の追っ手から逃れるために、屋根を蹴破って逃げた塔だそうです。


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1日で社務所に宮司さんがおられ、御朱印を頂けました。達筆です。



・再参拝
参拝日:2016年11月20日


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紅葉を見に行ったのですが、少し遅かったです。


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社殿の周りはまだ紅葉が残っていました。


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・吉野水分神社
旧社格:村社・式内社(大)
参拝日:2015年8月1日

水の配分を司る天之水分大神(あめのみくまりおおかみ)を主祭神とする古社で、大和でも有数の水分社の一つです。平安期の頃より、みくまりがみこもり(御子守)と変化し、子授け、安産の神社として信仰を集めており、「子守宮」とも呼ばれています。豊臣秀吉もこの地を訪れ秀頼を授かったといわれており、社殿は秀頼が再建したもので、本殿、拝殿、弊殿、楼門、回廊からなる桃山時代の大変美しい社殿です。


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吉野水分神社近くからの吉野の眺めです。春には千本桜の名所です。一際大きな蔵王堂が見えます。


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石段途中にある鳥居です。後ろにだけ稚児柱がある珍しい形です。


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楼門です。全体を撮せませんでした。


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境内の様子です。楼門をくぐって左手に拝殿、奥に神輿社、右手に三棟並んだ本殿です。


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本殿は一間社春日造り、左右の2殿は三間社流造りで3殿を1棟続きにしてある珍しい形です。本殿には彩色した彫刻が施されています。


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桜の朱印が変わっています。



・再参拝
参拝日:2016年4月9日


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桜に生える鳥居と楼門です。


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有名な枝垂れ桜です。満開です。


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境内の様子です。桜の存在感が凄いです。


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桜越しの御本殿です。


御朱印はもの凄い列で諦めました。




・吉水神社
旧社格:村社
参拝日:2015年8月1日

もとは金峯山寺の吉水院(きっすいいん)でしたが、明治維新の神仏分離により、吉水神社となりました。後醍醐天皇を主祭神とし、併せて南朝方の忠臣であった楠木正成、吉水院宗信法印を配祀します。源義経が兄頼朝の迫害を逃れ、吉水院に潜居したとあり、書院内には「義経潜居の間」が残されています。また後醍醐天皇が京都花山院から逃れ、吉水院を行幸所として南朝を開いたとされ、境内には「南朝の皇居」と記されています。


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吉水神社の境内にある、一目千本です。中千本、上千本の桜を一望できます。細い参道、階段、門と続きますが、ここまで車で入ることができます。


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境内入り口の門です。


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右に本殿、左に書院です。書院は工事中でした。


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境内にある日本庭園です。さすが元皇居です。


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堂々とした墨書です。南朝皇居の朱印です。



・再参拝
参拝日:2016年4月9日

一目千本を見たくて桜の季節に再参拝しました。


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書院はまだ工事中でした。一目千本の期待が高まります。


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朝8時40分頃の一目千本です。春霞に煙る絶景です。来て良かったです。


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13時15分頃の一目千本です。霞が晴れ色彩がクッキリしてきました。こちらも素晴らしい。


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・勝手神社
旧社格:式内社(大)
参拝日:2015年8月1日

吉野山へのぼる街道の入口にあります。後方の袖振山は、大海人皇子(のちの天武天皇)が社前で琴をかなでられたとき、天女が袖をひるがえして舞ったという伝説で知られています。境内には、義経と別れた静御前が追手に捕えられ、請われて舞いを舞ったといわれる舞塚があります。社殿は2001年に不審火により焼失してしまいました。ご神体は吉水神社に遷座しています。


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御朱印は吉水神社で頂きました。



・再参拝
参拝日:2016年4月9日


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左は4月9日の勝手神社付近の様子です。観光客で溢れかえっています。右は勝手神社の境内の様子です。


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・脳天大神
旧社格:
参拝日:2015年8月1日

脳天大神(のうてんおおかみ)は金峯山寺の蔵王堂から西側へ急な坂を下りた川沿いにある、金峯山寺の塔頭のひとつです。戦後に金峯山寺の大僧正がここで頭を割られた大蛇を見つけ供養したら、大蛇が蔵王権現の化身として夢にあらわれ、供養してくれたことを感謝して頭の悩み事を聞いてくれると言い、祀られました。「吉野の脳天さん」と親しまれています。蔵王堂から450段の階段を下らなければならず(当然帰りは450段の登り)、参拝は諦めていましたが、吉野山の麓に案内板があり、細い山道をくねくねと車で進むと境内の直ぐ近くまで行くことができました。首から上の病気に霊験あらたかと言われており、入学試験合格、病気全癒、商売繁盛祈願の参拝参詣者が多く訪れるとのことです。


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車を降りて山道を200mほど進むと脳天大神の社殿が見れてきます。


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川沿いに社殿が建ち並びます。


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蔵王堂に続く階段です。とても登る気になりません。階段を下りると朱橋を渡って鳥居です。


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鳥居側からの眺めです。


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本殿正面です。お寺とのことですが、狛犬も据えられています。


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川の上流側から本殿を見たところです。


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梵字の朱印があり、お寺であることが判ります。




・吉野神宮
旧社格:官幣大社
参拝日:2015年1月17日


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吉野町の吉野山麓に鎮座する吉野神宮の社号標と鳥居です。吉野神宮は明治22年、明治天皇の申し出により創立され、祭神は建武中興の後醍醐天皇です。


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境内の鳥居と神門です。広い境内です。


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外拝殿です。外拝殿から参拝します。


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外拝殿から望む内拝殿です。内拝殿までは入れません。後に本殿の千木が見えます。


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摂社の拝殿です。摂社は瀧櫻神社、船岡神社、御影神社が並んでいます。


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繊細で綺麗な墨書です。

posted by 五郎太夫 at 20:35| Comment(0) | 神社巡り

2016年12月24日

秩父(埼玉県)


秩父の参拝神社へのリンク
・三峯神社(秩父市 )
・秩父神社(秩父市 )
・宝登山神社(長瀞町 )




・三峯神社
・旧社格:県社
・秩父三社
・参拝日:2016年5月3日

三峯神社は、三峰山(妙法ヶ岳・白岩山・雲取山の3つの峰)の標高1,100mに鎮座し、秩父神社・宝登山神社とともに秩父三社の一社です。1900年程前、東征中の日本武尊が三峯の山々の素晴らしい風景に感動し、東国の平和を祈念して国産みの神様である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)の二神をお祀りになったのが始まりと伝えられています。日本武尊を導いた山犬(オオカミ)が眷属です。修験道の祖・役小角が修業をし、弘法大師空海が観音像を安置したとされる、神仏習合時代の修験道の霊場です。関東屈指のパワースポットとして知られています。


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朝9時頃に駐車場に到着しましたが、直ぐに駐車場は一杯になりました。右は神社への参道です。桜も少し残っていました。時々霧が降りてきて、神秘的な雰囲気になりました。


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参道入口の三ッ鳥居です。大神神社と同じような形です。鳥居の前にはオオカミの狛犬です。


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参道を登っていくとその先に随神門です。随神門の手前を右に登っていくと日本武尊銅像があります。銅像が霧から浮き上がって見えました。


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社号標と随神門です。1792年に再建されました。濃い紅が印象的です。


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随神門を潜ると下りの参道が続きます。参道は巨木の間を進みます。


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青銅鳥居、拝殿を望みます。石段上には八棟灯籠、青銅鳥居、水舎が並びます。緑の中に現れた煌びやかな色彩に驚かされます。


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左は八棟灯籠です。大型の木製灯籠は珍しいそうです。圧倒されます。右は水舎です。精巧で豪華な彫刻に驚きます。


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石段上に拝殿です。拝殿は1800年建立です。石段の左右には御神木です。拝殿の後方には霧が迫ってきています。


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左は青銅鳥居に揚げられた額です。二匹の龍が据えられています。右は拝殿の装飾です。精巧な彫刻が煌びやかに彩色されています。


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左は拝殿扉の神紋、右は賽銭箱の神紋です。


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拝殿の装飾です。


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拝殿前の石畳に水をかけると、龍神が浮き出てきます。この龍神は、辰年の2012年に突如として浮き上がったもので、縁起がいいとされます。


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拝殿左側と右側です。装飾が素晴らしい。


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本殿です。1661年建立の一間社春日造りです。霧の中で陽が射し、一際目を惹きます。


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拝殿と本殿です。


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本殿右側の国常立神社です。こちらも装飾が凄いです。


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左側は日本武神社です。右は修理中の摂末社です。


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左は御神木を左側から望みます。右は石段右側の重忠杉です。樹齢700年です。参拝後、ご神木に触れてご神木の気をいただいてきました。


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左は神楽殿です。餅撒きが行われるようです。右は参拝後駐車場に戻ると駐車場まで霧が迫ってきていました。


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三峯神社の御朱印帳です。高山植物が綺麗です。


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お土産に徳利酒を買ってきました。大変印象深い神社でした。




・秩父神社
・旧社格:国弊小社・式内社
・知知夫一宮
・武蔵四宮、秩父三社
・参拝日:2016年5月3日

秩父神社は、知知夫国初代国造、八意思兼命の子孫である知知夫彦命が祖神をお祀りしたのが始まりで、2千年の歴史があると言われています。ご祭神は、八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)・知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)・秩父宮雍仁親王の四柱です。学業成就と縁結びにご利益のある神社です。毎年12月に行われる例祭「秩父夜祭」は、ユネスコ無形文化遺産に登録されており、京都の祇園祭、飛騨の高山祭とともに日本三大曳山祭及び日本三大美祭に数えられています。


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秩父神社の社号標と南門の一の鳥居です。鳥居の前の参道では屋台囃子が実演され賑わっていました。


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神楽殿では「天の石戸開き」の神楽が奉納されていました。


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神門です。落ち着いた朱色です。

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境内の様子です。左は神門側から、右は拝殿側からの眺めです。神門横には御神木の大銀杏があります。


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拝殿正面です。御社殿は、戦国時代に兵火によって消失したものを、天正10年(1592年)に徳川家康公により再建されました。


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左は拝殿軒下の装飾です。精緻な彫刻に彩色されています。右は拝殿正面に飾られた「子宝・子育ての虎」です。左甚五郎作と伝えられています。彫刻の側の札には、「赤子には肌を離すな、幼児には手を離すな、子供には目を離すな、若者には心を離すな」と親の教訓が書かれていました。なるほど。


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御社殿は、本殿・幣殿・拝殿が並ぶ権現造りです。その壁面には豪華で色彩豊かな装飾が施されています。


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御社殿左側の装飾です。


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左は御本殿右側に彫刻された「つなぎの龍」です。左甚五郎作と伝えられています。右は御本殿背後に彫刻された「北辰の梟」です。体は南、頭は真北を向いているそうです。


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左は、御本殿左側に彫刻された「お元気三猿」です。日光東照宮では「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿なのに対し、当社の三猿は「よく見て・よく聞いて・よく話す」元気な三猿です。右は弊殿の彫刻です。それぞれの彫刻に物語があるそうです。


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左は境内にある諏訪神社の「秩父御柱」です。右は諏訪神社と日御碕宮です。


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柞稲荷神社の前にある「神降石」です。巨大な岩です。


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知知夫国一宮ではなく総鎮守となっています。彫刻と装飾に圧倒される神社でした。




・宝登山神社
・旧社格:県社
・秩父三社
・参拝日:2016年5月3日

宝登山神社は秩父郡長瀞町にある宝登山の麓にある神社で、秩父三社のうちの一社です。御祭神は神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)大山祗神(おおやまづみのかみ)、火産霊神(ほむすびのかみ)の3柱です。景行天皇41年(111年)に日本武尊が東征の際に宝登山に登ろうとした時、巨犬が道案内をしてくれましたが、途中猛火に遭い逃げ場を失いました。巨犬が猛火に飛び込み火を消し止めてくれたおかげで日本武尊一行は無事頂上まで登ることができました。この逸話から「火止山(ほどやま)」と呼ばれたのちに「宝登山」と呼ばれるようになったそうです。巨犬が日本武尊一行を猛火から助けてくれたことから火災盗難除け・諸難除けの御利益があるそうです。


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白い二の鳥居と石段上の拝殿です。


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拝殿正面です。龍の彫刻が凄いです。
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左は龍の装飾のアップです。右は拝殿に挙げられた額です。こちらも龍の彫刻です。


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左右から見た拝殿です。彫刻と彩色が凄いです。


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御本殿です。拝殿に比べると落ち着いた雰囲気でが、床下が彩色されています。


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左は」本殿後方にある「禊ぎの泉」です。日本武尊が宝登山に登る際に禊をしたそうです。左は境内にある宝玉稲荷神社です。


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左は天満天神社、右は日本尊社です。


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朱印は山が囲んでいます。




posted by 五郎太夫 at 14:23| Comment(0) | 秩父

2016年12月04日

安房(千葉県)


安房の参拝神社へのリンク
・州崎神社(館山市)
・安房神社(館山市)



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房総半島の南端で車中泊し朝日を見ようと思いましたが、残念ながら薄曇りで太陽は顔を見せませんでした。左は海岸線に綺麗に整列した釣り人の列です。朝早くから多くの人に驚きました。右は房総半島西端の州崎灯台です。東京湾東端の目印だそうです。

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州崎灯台の360度のパノラマです。




・州崎神社
・旧社格:県社・名神大
・安房国一宮
・参拝日:2016年5月2日

千葉県館山市の南の岬にある州崎神社は、東京湾の出入口を見下ろす場所であることから、古来より漁業神、航海神でした。安房の国は四国の阿波の国を開いた忌部(いんべ)の一族が東国ヘ進出して作った国で、御祭神の天比理乃当ス(あめのひりのめのみこと)は、忌部一族の祖神天太玉命(あめのふとだまのみこと)の后神です。標高110mの御手洗山中腹に鎮座し、太平洋を一望できます。


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州崎神社の社号標と鳥居です。背後が御手洗山です。ちょうど鳥居の上に朝日が昇りました。


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随神門です。落ち着いた朱色です。


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随神門から続く厄祓坂です。右は厄祓坂の上からの眺めです。太平洋が望めます。


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拝殿です。拝殿右側には長宮(手前側)と金比羅宮(奥)です。


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本殿です。


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本殿横です。三間社流れ造りで、落ち着いた朱色が特徴的です。


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左は拝殿に揚げられていた額です。右は本殿左側の稲荷神社です。


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左は境内の様子です。ソテツが南国の雰囲気を出しています。右は富士遙拝場からの眺めです。残念ながら富士山は見えませんでしたが、雄大な太平洋が望めました。


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左は浜の鳥居です。鳥居から富士山が望めるそうですが、残念ながら見えませんでした。右は浜鳥居近くにある御神石です。丸みを帯びた石で、竜宮から洲崎大明神に奉納された2つの石とされ、もう1つは対岸の三浦半島にある安房口神社に祀られています。安房口神社の石は口を開いていることから「阿形」を、洲崎神社のものは裂け目の様子から「吽形」とされ、2石で東京湾の入り口を守っていると伝えられています。


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浜の鳥居側から見た御手洗山です。中腹に富士遙拝場にある富士見鳥居(白色)が見えます。


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御朱印は書き置きでした。




・安房神社
・旧社格:官弊大社・名神大
・安房国一宮
・参拝日:2016年5月2日

房総半島最南端部の吾谷山(あづちやま)山麓に鎮座します。伝承では、神話時代に阿波地方から渡ってきた忌部氏(いんべうじ)による創建といい、「安房」の国名・社名はこの阿波忌部の移住・開拓から起こったといわれています。御祭神は、上の宮には天太玉命(あめのふとだまのみこと)、下の宮には天太玉命の孫神である天富命(あめのとみのみこと)と兄弟神である天忍日命(あめのおしひのみこと)が祀られています。創建は神武天皇が即位した皇紀元年(紀元前660年)と伝わっており、2600年以上の歴史を誇る古社です。


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安房神社の社号標と鳥居です。安房神社の鳥居はすべて白でした。


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緑に覆われた境内で、整った雰囲気を感じます。一段上がったところに上の宮の拝殿です。拝殿前の大きな岩には厳島社が祀られています。


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上の宮の拝殿正面です。拝殿は鉄筋コンクリート造りでした。


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本殿です。


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本殿横からです。


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左は拝殿内に揚げられていた額です。右は本殿左側の御仮屋です。例祭の時、9基の神輿を安置する場所です。


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左側は神饌所(しんせんじょ)です。右側は境内にあった意味ありげな穴です。説明はありませんでした。


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左は御神木の槙です。右は下の宮への参道です。岩が削られていました。


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下の宮です。御祭神は、天富命(房総開拓の神)と天忍日命です。


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匠総祖神の朱印が押されています。



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posted by 五郎太夫 at 15:22| Comment(0) | 安房